業種別ガイド (更新: 2026年4月11日)

製造業の価格転嫁|原材料費高騰を交渉に変える実務ステップ

森岡誠

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森岡誠

価格転嫁の専門家・中小企業の価格戦略アドバイザー。「価格交渉は対立ではなく、取引先との共同課題解決」が信条。 プロフィール →

製造業の価格転嫁は、全製品に一律○%の値上げ通知を出せば済む問題ではない。中小企業庁の価格交渉促進月間フォローアップ調査(2025年9月)によると、製造業の中でも化学・機械・電機は転嫁率上位に位置する一方、下位に沈む業種との差は大きい。この格差を分けるのは「交渉力」ではなく「根拠の精度」と「提案の中身」だ。

ここでは、製造業で価格転嫁に取り組む経営者に向けて、原材料費の「見える化」から始まり、VA/VE提案を活用した交渉術、300社規模の交渉を仕組み化した方法、そして「うちでなければ」という付加価値による転嫁率向上まで、実務の順序で解説する。

製造業の転嫁率——同じ「製造業」でも格差は大きい

「うちは製造業だから転嫁が難しい」と嘆く声をよく聞くが、実際にはそうとは限らない。

中小企業庁の2025年9月フォローアップ調査では、30業種の転嫁率ランキングが公表された。価格転嫁の実施状況は1位「化学」、2位「電機・情報通信機器」、3位に「機械製造業」「造船」が並ぶ(出典:中小企業庁「価格交渉促進月間(2025年9月)フォローアップ調査」)。製造業は決して転嫁率が低い業種ではない。

一方、帝国データバンクの同時期の調査(2025年7月)では全体の転嫁率が39.4%と調査開始以来最低を記録した。コスト項目別に見ると、原材料費と人件費の間に16ポイント以上の差がある(出典:帝国データバンク「価格転嫁に関する実態調査」2025年7月)。

原材料費は「上がったもの」として認識されやすいが、人件費やエネルギーコストは「見えにくいコスト」として据え置かれがちになる。転嫁率が低い製造業は「コスト上昇を分解して説明する」というステップを飛ばしているケースが多い。「全部まとめて上がった」では相手は動けない。

2025年版中小企業白書では、製造業のマークアップ率は非製造業より高い水準で推移しているとのデータもある。製造業には「差別化や生産プロセスの改善による価格支配力」のポテンシャルがある。そのポテンシャルを活かせていないとすれば、原因は業界構造ではなく、自社の取り組み方にある。

原材料が「見えやすい」か「見えにくい」かで戦い方は変わる

製造業の値上げ交渉では、扱う原材料の性質によって根拠の作り方がまったく異なる。ここを理解せずに「原材料が上がったので○%上げてください」と一律に申し入れるのは、根拠なき値上げと変わらない。

原材料が見えやすい場合——鋼材やアルミ、樹脂ペレットのように主原料が1〜2種類の製品は、発注側も市況をある程度把握している。この場合は、企業物価指数や仕入単価の推移を時系列で並べれば、「構造的に上昇している」ことが視覚的に伝わる。ある化学系製造業では、原材料の市況データ・エネルギーコスト・労務単価の変化を時系列でまとめ、転嫁率6割以上を達成した(出典: 価格交渉促進月間フォローアップ調査(経済産業省)事例55)。業界全体の転嫁率データを併せて示したことで、個社の要求に「業界標準」という根拠が加わった形だ。

原材料が見えにくい場合——複数の素材を混合・配合する製品や、分量が外部からわかりにくい製品は、もうひと手間必要になる。「全部まとめて20%上がった」と言っても、相手には検証しようがない。ある金属・非鉄金属メーカーでは、鋼材・エネルギー・物流・人件費と複数のコストが同時に上昇した局面で、要因ごとに分解して積み上げを示す資料を作成した。材料業者・処理業者から値上がり率を取得し、当初と現在の価格を並べて比較できる形にした結果、約20%の値上げに成功している(出典: 中小企業庁「業種別 価格交渉・価格転嫁 成功事例集」事例2)。

この「要因分解して積み上げる」アプローチは、飲食業における理論原価方式と本質的に同じだ。原材料価格と配合比(製造業でいえば図面・仕様書)がわかれば、理論上の原価は算出できる。ロス率の加味を忘れがちだが、ここを含めることで説得力が格段に上がる。原価計算の具体的な進め方は「原価計算の始め方」で業種別に解説している。

「値上げのお願い」を「技術提案」に変える——VA/VE提案という選択肢

製造業には、他の業種にない強力な交渉カードがある。VA/VE提案だ。

VA(Value Analysis)は既存製品の品質を維持しつつコストを下げる提案、VE(Value Engineering)は設計段階から機能とコストの最適化を図る手法を指す。価格転嫁の文脈でこれが重要なのは、「値上げの申し入れ」と「コスト削減の提案」を同時に行えるからだ。

「値上げかコスト削減か」の二者択一で考える経営者は多い。しかし、それは間違いだ。

むしろ同時に行うことで、相手から見た取引の意味が変わる。ある化学・機械・加工紙メーカーでは、値上げの依頼を「技術提案」に転換した。引き合い段階から原価計算を徹底し、設計段階での技術提案を積極化した結果、売上増加と利益率改善を同時に達成した(出典: 中小企業庁「業種別 価格交渉・価格転嫁 成功事例集」事例7)。値上げは通常、売上を下げるリスクを伴う。しかし付加価値型の提案が新たな取引機会を生んだことで、そのリスクを相殺した。

ただし注意が必要なのは、VA/VE提案はあくまで「相手にとっても価値がある場合」に機能するという点だ。自社だけが得をする提案は、長くは続かない。発注側も原材料高騰やエネルギー費の上昇に苦しんでいる。サプライチェーンの上下で「一緒にコスト対策を考える」という姿勢こそが、究極の交渉力になる。「値上げさせてください」ではなく「一緒にコスト構造を見直しませんか」と提案する。この一言の違いが、結果を大きく変える。

具体的なVA/VE提案の例としては、代替材料への変更、梱包仕様の見直し、発注ロットの最適化(前広の発注による生産効率向上)、図面精度の緩和提案などがある。このような選択肢を複数提示する競合は少ないと見てよい。それだけでも他社との違いになるし、「考えて提案してくれる会社」という評価につながる。ただし、先方の担当者と日頃から深いレベルで情報交換ができていなければ、的外れな提案になりかねない。思いつきの提案ではなく、相手の事情を理解した上での提案が求められる。

交渉資料の具体的な作り方は「交渉資料の作り方」を、交渉のタイミング設計は「交渉タイミングの選び方」を参照いただきたい。

300社の取引先に値上げ交渉を完了させた仕組み

取引先が数十社、数百社に及ぶ製造業では「全社に交渉する余裕がない」という悩みがよく出る。しかし、全社に同じ依頼書を一斉送付して済ませるのは、一律転嫁という名の思考停止だ。受け取った側は「うちも一律の一社か」と感じ、交渉の土俵にすら上がってもらえない。

では、どう仕組み化すればよいか。粘着テープ製造業の事例が参考になる。この会社は300社との交渉を完了し、平均10%の転嫁を実現した(出典: 埼玉県価格転嫁成功事例集事例71)。

▼ 多数の取引先への交渉を仕組み化するプロセス

STEP 1

意識改革を先行させる

「価格転嫁は正当な権利」という認識を経営者・営業担当者全員で共有する

STEP 2

根拠資料と基本方針を統一

値上げ幅の根拠・交渉方針を営業部門内で情報共有。個人の裁量に依存しない

STEP 3

現場への権限委譲

営業担当に一定範囲の価格決定権を付与。交渉の場でリアルタイムに判断できる体制

STEP 4

難易度別に順番を決めて順次交渉

小口・関係良好な先から着手し、実績を積みながら難易度の高い先へ展開する

事例成果:300社交渉完了・平均10%転嫁・基本給4%UP・賞与6%UP

最も重要なのはSTEP1の「意識改革を先行させた」という順序だ。「価格転嫁は申し訳ないこと」という認識のまま300社に交渉を仕掛けることはできない。「価格転嫁は正当な権利であり、従業員の生活を守るための手段だ」という共通認識を全社で持つことが、行動の前提になる。

もう一つの事例として、金網・パンチングメタルメーカーでは営業担当に一定範囲の価格決定権を付与した(出典: 近畿経済産業局「価格交渉・価格転嫁取組事例集」事例96)。本部承認が必要な場合、交渉のテンポが遅くなり、機会を逃す。基本方針と値上げ幅の根拠を共有した上で現場に判断を委ねることで、平均2割アップ・達成率8割強という成果を上げた。加えて、この会社は「利益重視で顧客数を増やし、大手一社への依存を脱却する」という構造改革も並行して行っている。売上最大化から利益最大化への転換が、個々の交渉での心理的余裕を生んだ。

取引先の分類にあたっては、難易度の要素を多角的に見る必要がある。値上げを受け入れる余力があるか、競合との関係はどうか、自社への依存度はどれほどか、交渉の意思決定スピードはどうか——こうした観点で分類し、優先順位をつけて進める。難易度別の交渉計画の設計は「価格転嫁できない5つの理由と突破口」でも解説している。

「うちでなければ作れない」が転嫁率100%を可能にする

ここまでの章で述べた根拠作り・VA/VE提案・仕組み化は、いずれも「今の取引関係の中でできること」だ。しかし、もう一段上の転嫁率を目指すなら、「安さで選ばれる構造」から抜け出すことが不可避になる。

安さを最大の売りにして取引先に選ばれている場合、選ばれる理由が安さである以上、値上げは受け入れられにくい。相手自体が安さを売りにしている場合はなおさらコストにうるさくなる。この構造にいる限り、どれだけ精緻な原価資料を作っても限界がある。

値上げ交渉の前に「なぜうちに発注するのか」の答えを変えなければならない。

ゴムローラー製造業の事例では、独自技術と品質を根拠に転嫁率100%——つまりコスト上昇分の全額転嫁を実現した(出典: 近畿経済産業局「価格交渉・価格転嫁取組事例集」事例89)。原価データだけでなく技術的優位性を説明したことが決め手だ。「コストが上がったから上げてほしい」ではなく「この技術を維持するための適正価格」という文脈が生まれた。

計測機器部品メーカーでは、汎用品と同じ土俵で価格を競っていた状態から、「オーダーメイド対応力」というポジションを明確に打ち出し、受注単価を約2倍(100%UP)に引き上げた(出典: 長野県価格転嫁成功事例集事例63)。対応できる図面の複雑さ、材質・形状・精度の許容範囲、試作対応能力——自社が当たり前と思っていた技術力を言語化し、取引先が「なぜこの会社に頼む必要があるのか」を理解できる形に整理した。

単価2倍という数字は極端に見えるかもしれない。しかしそれは、従来の価格がいかに適正水準を下回っていたかの裏返しでもある。技術の価値が価格に反映されていない状態は、事業の持続可能性を静かに蝕む。

もちろん、すべての製造業が独自技術を持っているわけではない。しかし強みは技術だけではない。納期の柔軟性、小ロット対応、品質管理体制、図面のない依頼への対応力——これらも「安さ以外の選ばれる理由」になる。価格転嫁が通らないと感じたとき、「交渉の腕が悪い」と考える前に、「選ばれる理由が安さだけになっていないか」を振り返ってほしい。

行動ステップ

まず今日からできることを整理する。

  1. 自社のコスト構造を分解する——原材料費・エネルギー費・人件費・物流費の4分類で、どこがどれだけ上がったかを数字にする。原価計算の具体的な始め方は「原価計算の始め方」を参照
  2. 原材料の「見えやすさ」に応じた根拠資料を作る——見えやすい製品は市況データの時系列比較、見えにくい製品は要因分解と積み上げで。資料構成の詳細は「交渉資料の作り方」を参照
  3. 値上げと同時にVA/VE提案を検討する——代替材料、工程見直し、ロット最適化など、相手にとっても価値のある選択肢を用意する
  4. 取引先を難易度別に分類し、順番を決める——まず小口で関係が良好な先から着手。一社での成功体験が次の交渉を動かす
  5. 「安さ以外の選ばれる理由」を言語化する——技術力・対応力・品質管理体制など、自社の強みを取引先が理解できる言葉に変換する

原材料高騰が続く中、値上げ交渉は一度きりのイベントではなく、継続的な経営活動になった。交渉の都度、根拠を作り直す負担を減らすためにも、原価構造の把握を「仕組み」として定着させることが、長期的な転嫁力につながる。


よくある質問

Q. 製造業の価格転嫁率はどのくらいですか?

A. 中小企業庁の2025年9月フォローアップ調査では、化学業界が転嫁率トップ、機械製造業・電機情報通信機器が続く。ただし同じ製造業でも業種によって2倍以上の差がある。転嫁率が低い製造業は原価構成を把握できていないケースが多く、まず自社のコスト構造の整理から始めることを勧める。

Q. 取引先が多すぎて、全社に値上げ交渉する余裕がありません。

A. 全社同時に交渉する必要はない。まず取引先を難易度別に分類し、小口で関係が良好な先から着手する。実績を積んでから難易度の高い先に展開すればよい。実際に300社への交渉を完了した製造業の事例では、意識改革→根拠統一→権限委譲→順次交渉という4段階で仕組み化している。

Q. VA/VE提案と価格転嫁は同時にできますか?

A. むしろ同時に行うことが有効だ。値上げの依頼だけでは相手にとってコスト増でしかないが、代替材料の提案や工程見直しといったVA/VE提案を併せて行えば、相手から見た取引の価値が上がる。コスト上昇の局面を関係強化のタイミングとして活用する発想が、結果として転嫁率を高める。


この記事の著者

森岡誠 価格転嫁・価格交渉の専門家・経営アドバイザー。製造業・建設業・運送業を中心に、中小企業の価格転嫁を支援。原価管理部門および経営コンサルティングファームでの実務経験をもとに、現場で使える情報を発信している。

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