原油高の影響は、電気代より先に樹脂・包材・塗料・ゴムといった原油由来の原料・資材として、3〜6ヶ月遅れでサプライヤーからの値上げ通知として跳ね返ってくる。2026年4月のホルムズ海峡封鎖と原油価格急騰で、中小製造業のコスト構造は数ヶ月かけて押し上がる。帝国データバンク2025年7月調査ではエネルギーコストの転嫁率は30.0%で全コスト項目中最低だ(出典: 帝国データバンク「価格転嫁に関する実態調査」2025年7月、以下同調査)。しかし本記事で扱うのは「エネルギー単体」ではない。原油由来コスト全体を買い手と共有し、サプライチェーン全体で負担を分け合う値上げ交渉資料の作り方が主題になる。請求書が届いてから動いても遅い。先に数字で共有することが、買い手の稟議を通す最短ルートだ。
2026年4月の二重衝撃——電気代より先に「原料」が跳ね返る
2026年2月28日の米・イスラエルによるイラン空爆、4月12日のイスラマバード協議決裂を経て、4月13日に米海軍によるホルムズ海峡封鎖が発効した。IRGCによる商船攻撃は21件確認され、機雷敷設の疑惑もある。通航を許可されているのは中国・ロシア・インド・イラク・パキスタン・フィリピンの6ヵ国のみ。世界の原油供給の約20%が影響を受け、「1970年代以来最大のエネルギー供給障害」と呼ばれる状況だ(出典: Bloomberg 2026-04-12/13報道、JETRO、Al Jazeera 2026-04-14)。
2026年4月14日時点の原油市況は、WTIが約103.6ドル/bbl、ブレント先物が103ドル、ドバイ原油(現物)は166ドル。ドバイはブレント+57ドルの異常プレミアムがついている。為替は158円/ドル。日本の精製業者が調達する中東原油はブレントの1.5倍で取引されており、国内精製コストの値上げ圧力は単純な原油指標以上に大きい(出典: 資源エネルギー庁、TradingEconomics)。
この事実の前に、中小製造業の経営者が見落としがちな点がある。電力料金の値上げだ。経産省の電気・ガス価格激変緩和対策事業では、2026年4月使用分(5月検針分)から補助金が0円になる。1〜2月使用分は低圧4.5円/kWh・高圧2.3円/kWhの補助があったが、3月使用分では低圧1.5円・高圧0.8円に縮小し、4月以降はゼロ。さらに東京電力EPは2026年4月1日に特別高圧・高圧の標準メニューを刷新し、旧標準メニューが3月末で廃止された。新標準では実質8〜10%の値上げ、特に低負荷率施設に打撃があると見られている(出典: 経産省 電気・ガス価格激変緩和対策事業、jepsolution.jp)。再エネ賦課金も2026年度は4.18円/kWh(前年度比+0.20円)に上がった(出典: 資源エネルギー庁)。
ただし、危機の本質はここではない。電気代の値上げは月数万円規模だが、原油を原料とする樹脂・包材・塗料・ゴム・化成品等の値上げ通知が、3〜6ヶ月遅れで中小製造業の請求書に跳ね返ってくる。この材料費の波の方が、経営への金額インパクトは圧倒的に大きい。支援の現場で何度も見てきたが、4月の二重衝撃を「電気代」だけで見ると、本丸の原料費を取り逃がす。電気代は氷山の一角で、原料費への波及が水面下で進んでいる——これが2026年4月危機の構造だ。
危機タイムライン——4月の衝撃から材料費反映まで
※出典: 経産省、資源エネルギー庁、Bloomberg、JETRO、新電力ネットの報道を総合
原油→燃料→電力→原料の4段波及——タイムラグを数字で把握する
本記事の中核フレームは、原油から中小製造業の値上げ通知までを「4段の波」として見ることだ。1段目は原油(即時反映)。ブレント103ドル、ドバイ166ドル、為替158円/ドル。この数字は日次でBloomberg等で確認できる。
2段目は燃料(数週間遅れ)。軽油・重油・LPGへの反映がここで起きる。ただし政府は170円抑制策と備蓄放出を続けており、ガソリン補助48.1円/L・軽油補助65.2円/L・灯油補助48.1円/Lで見た目の価格は抑えられている(出典: 経産省 燃料油価格定額引下げ措置)。見た目の静けさが危険で、補助金が終われば一気に跳ねる値上げ構造が組み込まれている。
3段目は電力(1〜3ヶ月遅れ)。燃料費調整制度は貿易統計ベースで数ヶ月遅れて電気料金に反映される。関西電力の2026年4月分燃料費調整は高圧-1.87円/kWh、特別高圧-1.06円/kWhと発表されているが、東京電力EPの2026年4月分は3月貿易統計の確定を待って通知されるため、執筆時点では確認できない。5月検針分からは補助金ゼロが加わり、純粋な原価ベースの電気代値上げが届き始める。
4段目は原料(3〜6ヶ月遅れ)。ここが本丸だ。樹脂(PP/PE/PS等)・包材・塗料・ゴム・化成品・インキ・合成繊維・防錆油・切削油——これらはすべて原油を起点とする。日銀の企業物価指数(CGPI)の「石油石炭製品指数」と「化学製品指数」を追えば、原油高から3〜6ヶ月後に自社の仕入単価が値上げされるタイミングを公的データで予測できる(出典: 日本銀行 企業物価指数)。
「波及の先読み」が交渉の起点になる。サプライヤーからの値上げ通知が届いてから動く経営者は、すでに半年遅れている。重要なのは、原油の今の水準から、自社の仕入単価がいつ・いくら上がるかを逆算することだ。
なお本記事で示す「3〜6ヶ月」等のタイムラグは、経済指標の動きから一般的に言われている目安であり、過去データで厳密に検証した絶対値ではない。加えて近年は価格転嫁が社会的に一般化しつつあり、サプライヤー側も原価上昇をより早期に反映する傾向が見られる。従来言われていたラグが短縮する可能性も視野に入れ、「想定より早く来ることもある」前提で備えることが、値上げ交渉の安全マージンになる。
4段波及フロー——タイムラグと金額影響度
※時間軸が下にいくほど長く、金額インパクトも下段ほど大きくなる(原料費の値上げは経営を直撃)
樹脂・包材・塗料・ゴム——原油由来原料が本丸
ここが本記事で最も厚く書くセクションだ。中小製造業の経営者が「電気代が上がって大変」と口にする裏側で、本当に経営を圧迫するのは原油由来原料の値上げだ。なぜか。金額規模が大きく、タイムラグがあり気づきにくく、請求書ベースで動いたときには遅すぎるからだ。
業種によって、どの原料が効くかは異なる。プラスチック加工業ならPP・PE・PS樹脂ペレット、包装資材業なら段ボール原紙(パルプ+燃料費)・プラトレー・発泡スチロール・フィルム、金属加工業なら塗料・切削油・防錆油、ゴム成形業なら合成ゴム(SBR/NBR)、印刷業ならインキ(顔料+樹脂バインダー)。原油からの距離と加工段階の数で、値上げの反映タイムラグが変わる。樹脂ペレットは比較的早く(3〜4ヶ月)、包材は少し遅れて(4〜6ヶ月)来る傾向がある。
この波を数字で追う方法は公的データを使えば確立できる。日銀CGPIの「石油石炭製品指数」は原油からガソリン・軽油・重油・ナフサ等への波及を、「化学製品指数」はナフサから樹脂・合成ゴム・塗料原料等への波及を、月次で公開している。自社の仕入単価の時系列グラフとこれらの指数を並べれば、「原油高から自社単価の値上げまで何ヶ月遅れなのか」が業種・品目別に見えてくる。第三者データなので、取引先にも「業界全体の構造」として説明できる。
※値上げ反映のタイムラグは経済指標上で一般に言われる目安であり、過去データで厳密に検証した絶対値ではない。個別企業・品目で変動し、価格転嫁が社会的に一般化しつつある近年は、このラグが短縮する可能性もある
金額影響を仮試算してみる。仮に月15トンのPP樹脂ペレットを使用するプラスチック加工業で、原油高が原料価格に6ヶ月後20%反映されるシナリオを想定した場合を考える。単価を仮に60万円/トンで試算すると、60万円×15トン×20%=月180万円の負担増になる。これに電力コスト増を加えれば、月200万円を超える利益圧迫が想定される。あくまで仮の試算であり、実際の単価・消費量・反映率は各社で異なるが、オーダー感は把握しておきたい。
支援の現場での話をする。ある樹脂成形加工業(PP樹脂ペレットと電力が主要コストの会社)で、この値上げの波を先読みして交渉資料を作った事例があった。コスト構造を仮試算で整理すると、原料ペレットが月15トン×単価20%上昇で月180万円の増加、電力が月4万kWh×8円/kWh上昇で月32万円の増加、合計で月212万円の利益圧迫——これが「半年後に起きる可能性のあるシナリオ」として浮かび上がった。ここで重要だったのは、請求書を後から出して「値上げをしてほしい」ではなく、3ヶ月先・6ヶ月先の原油価格シナリオ(楽観・基本・悲観)と反映タイムラグ表を買い手と一緒に読み解ける形で、先に渡したことだ。結果、買い手側から「四半期ごとの自動改定条項」を逆提案された。単年の値上げ交渉ではなく、継続的な調整フレームを獲得できた。買い手も同じ原油高の影響下にある以上、情報を先に共有することが買い手の稟議負担を減らし、結果としてサプライチェーン全体で値上げ分を分け合う構造が成立した。
原紙・燃料・物流費の上昇要因をコスト上昇の内訳で詳細に数値化し、取引継続を前提とした説明で原紙価格の値上げ分について100%の価格転嫁を実現した段ボール製造業の例もある(出典: 中小企業庁「価格交渉・価格転嫁 成功事例集」事例6)。原価データと品質保証体制を根拠に取引先と交渉し、原材料費・エネルギーコストの値上げに対してほぼ100%の転嫁を達成した精密部品製造業の例もある(出典: 事例93)。光熱費の値上げ転嫁の前例を作ってから労務費交渉に展開したプラスチック部品加工業の例もある(出典: 事例98)。いずれも共通するのは「コスト内訳を数値化して客観的根拠として提示した」点だ。「業界全体で上がっている」という抽象的な訴えではなく、自社の消費量と単価推移に落とし込んだ具体的な試算が、買い手の稟議を通す鍵になる。
原価計算の基本手順は原価計算のはじめかたで解説している。
電力・燃料費——波及の第3段・第2段
電力コストを測るには、まず自社の消費実態を把握することが先になる。業種ごとに使用量の目安は異なり、金属加工・鋳造熱処理・食品加工・運送業では電力・燃料の依存度が大きく違う。一般公開の業種別電力消費量中央値は統計値のばらつきが大きく、最新値は確認できない範囲がある。自社の過去12ヶ月の請求書を電力・都市ガス・LPG・軽油・重油・灯油の項目別に並べ、月次でkWh・㎥・リットルを把握することから始めたい。
電力補助金ゼロ化の実額を仮試算する。仮に月50,000kWh高圧契約の場合、補助金終了で月50,000kWh×0.8円/kWh=月40,000円の負担増になる。再エネ賦課金の前年度比+0.20円/kWhで月10,000円が加わり、合計で月50,000円/月の値上げが見込まれる(仮試算)。これに東京電力EPの標準メニュー刷新による実質8〜10%の値上げを重ねると、基礎的な電力料金だけで月10万円前後の増加になるケースもありうる。ただし契約種別・力率・負荷率で結果は大きく変わるため、自社の4月・5月の請求書で必ず実額を確認してほしい。
都市ガス補助も1・2月の18.0円/㎥、3月の6.0円/㎥を経て4月以降はゼロになった。ガスを使う食品加工業・金属加工業の熱処理工程では、ガス単価の素直な値上げが見える請求書が5月以降届く。
出典: 経産省 電気・ガス価格激変緩和対策事業(denkigas-gekihenkanwa.go.jp)
読者の行動としては、まず請求書の「補助金相当額」の行を自分で確認することだ。補助金控除前と控除後の金額を記録し、5月以降の控除なし請求と比較できる状態にしておく。自社の消費実態を数字で押さえておかないと、値上げ交渉資料の前提すら固められない。
運送業での燃料サーチャージの具体的な組み立て方は運送業の価格転嫁に詳述を譲る。本記事では、運送業以外の中小製造業でも電力・燃料費の値上げを交渉資料に落とし込む視点を強調しておきたい。一般貨物自動車運送業では燃料費の推移データと人件費の上昇根拠を整理し、荷主ごとに段階的な運賃改定を提案して3〜15%の運賃値上げ転嫁を実現した例もある(出典: 事例94)。運送業以外でも、燃料・電力の推移データを自社の交渉資料に織り込む考え方は共通する。
共同課題解決型・交渉資料の作り方——買い手の稟議を通す4要素
ここが本記事の独自フレームワークだ。交渉資料の基本原則として、まず視点の切り替えを明示したい。買い手も同じ原油高の影響下にある。自社だけが被害者ではない。サプライチェーン全体で「誰が・いくら・なぜ負担するか」を協議する入口を作るのが、共同課題解決型の値上げ資料の役割になる。
資料に必要な4要素は次の通りだ。
- コスト項目別の現状単価——樹脂・包材・塗料・電力・燃料・軽油・重油等、自社で使っている主要品目ごとに、直近の仕入単価を書き出す。
- 過去12ヶ月の単価推移——日銀CGPI石油石炭製品指数・化学製品指数等の公的データと自社単価を時系列で並べる。第三者データがあることで「自社の値上げ主張」が「業界の事実」として提示できる。
- 自社消費量×単価増=金額影響の試算——前提条件(消費量の想定・単価上昇率・反映タイミング)を必ず明記した上で、月次・四半期・年間の金額影響を試算する。「仮に〜した場合」の書き方で捏造と切り分ける。
- 3〜6ヶ月先の想定シナリオ(楽観・基本・悲観)——単一の予測ではなく、3つの幅で提示する。買い手の調達担当者が社内稟議で「何かあった時の備え」として説明しやすい。
なぜこの4要素が「共同課題解決」になるのか。買い手の調達担当者は、社内稟議を通すために「客観的な外部データ」と「先行き予測」が必要になる。これを先に提供する=買い手の仕事を減らす、という構造だ。結果、値上げ提案の受入確度が上がり、取引関係も強化される。
支援の現場で見てきた失敗の多くは、この「買い手の意思決定構造への想像力」の欠如から来る。自社のコストが上がった事実だけを請求書で突きつけても、買い手の調達担当者は社内で説明できない。上司・役員に「なぜこの値上げを飲むのか」と聞かれたとき、担当者が使える客観データと先行き予測を持っていないからだ。資料を作るときに「自分が買い手の調達担当者だったら、この資料で社内稟議を通せるか」を問い直す——これが共同課題解決型の出発点になる。
波及試算表のテンプレート(1枚で買い手に渡す)
※すべて前提条件を明記した仮試算の例。月15トンのPP樹脂消費・月4万kWh電力使用を想定した場合の概算。実際の単価・消費量で入れ替えて使う
原紙価格や燃料費、物流費の上昇要因を取引先に明確に示すため、コスト上昇の内訳を詳細に数値化して提示することで、原紙分100%転嫁に加えて撤退ラインの明確化による経営判断の迅速化を実現した事例がある(出典: 事例6)。内訳数値化とシナリオ提示の組み合わせが、買い手の稟議を通しやすい値上げ資料の形になる。交渉資料の基本型は価格交渉資料の作り方で解説している。本記事で示した4要素は、エネルギー・原油由来コストに特化した応用版だ。多取引先への横展開については製造業の価格転嫁で詳述している。
エネルギーから労務費へ——段階戦略でギャップを埋める
共同課題解決型の資料を作ったら、次は「どの順で通すか」が問題になる。光熱費の値上げを先に通し、次に労務費へ展開する——これが段階戦略の基本形だ。帝国データバンク2025年7月調査ではエネルギーコスト転嫁率は30.0%で全項目中最低、人件費転嫁率は32.0%だった(出典: 帝国データバンク「価格転嫁に関する実態調査」2025年7月)。中小企業庁の2025年9月フォローアップ調査では全体転嫁率53.5%、エネルギーコスト転嫁率は48.9%まで改善、労務費転嫁率は初めて5割に到達した(出典: 中小企業庁「価格交渉促進月間(2025年9月)フォローアップ調査」)。TDBと中企庁でデータに差があるのは調査性質の違いによる。両者の幅が、制度活用と段階戦略で埋められる余地を示している。
1回で全部通そうとしない考え方が重要になる。光熱費は客観的な請求書という根拠がある。労務費は自社の賃金台帳や公表資料(最低賃金上昇率・春闘妥結額等)が根拠になる。根拠の強さが違う以上、値上げ交渉の通しやすさにも差が出る。まず光熱費で値上げ転嫁の前例を作り、取引関係の中で「原価上昇を反映する取引先」という位置づけを固める。その後、労務費という次の段に進む。一律の値上げは思考停止だ。どのコストを、どの順で、どれだけ通すかを選ぶことが経営判断になる。
段階戦略は現実に機能する。プラスチック部品加工業で直近2期営業赤字、労務費の伸び率が最低賃金の伸び率を下回る状態が続いていた会社がある。令和4年に初めて価格交渉し光熱費5%の値上げ改善ができたが、労務費12%改善は自助努力でカバーするよう言われた。そこから下請法・独禁法関連の法令を把握し、発注側の財務状況を踏まえて交渉内容が役員レベルまで上がる舞台設計を工夫し、再交渉に臨んだ。結果、労務費分6%の改善を実現し、原資に3%賃上げを実現した。価格交渉を半年に一度に定例化する支援も継続している(出典: 事例98)。光熱費の値上げを足がかりに労務費転嫁へ進んだ型は、エネルギー危機時の段階戦略を示す実例だ。労務費転嫁の具体的な指針活用は労務費転嫁指針をわかりやすく解説で詳述している。
段階戦略——エネルギーから労務費へ
STEP 1
光熱費を請求書根拠で通す
STEP 2
原料費をCGPI根拠で通す
STEP 3
労務費を指針・公表資料で通す
前例を積むごとに、次の値上げ交渉が通りやすくなる
中東情勢長期化の3シナリオ想定——コスト影響の概算枠
ここは明示的に「シナリオ想定」として読んでほしい。実際の動向は確認できず、以下は各種レポートからの想定シナリオを整理したものだ。
楽観シナリオ(1〜3ヶ月で収束)の想定は、原油90〜100ドル台への落ち着き、電力補助金の一時復活の可能性、原料費の値上げは+5%前後で推移するというものになる。基本シナリオ(6ヶ月継続)の想定は、原油100ドル超の定着、電力8〜10%の恒常増、原料品目で3〜6ヶ月遅れの+15%前後の値上げ波及だ。悲観シナリオ(1年以上)の想定は、1970年代オイルショック並みの構造転換、原料費+25%以上の値上げ、賃上げ原資の枯渇、エンドユーザー消費の冷え込みによる販売数量減という全体像になる。
※野村證券・三菱UFJ銀行・ニッセイ基礎研究所のレポートから想定したシナリオ例。確定情報ではなく、値上げ交渉資料での議論の幅として使う
各シナリオで自社のコスト影響を概算できる体制を整えておけば、値上げ交渉の起点が安定する。シナリオ別の値上げ交渉タイミング設計は価格交渉のタイミングで詳述している。
今すぐやるべき3つのアクション
原油由来コストは、請求書が届いてから動いても遅い。先に数字で共有することが、買い手の稟議を通す最短ルートであり、サプライチェーン全体で値上げ分を分け合う唯一の方法だ。今すぐ取りかかるべきアクションは3つに絞れる。
3つのアクション——今週から始める
「来る前に動く」が選ばれる理由は4つある。第1に、原油→燃料→電力→原料の複合コスト化が進むため、後追いの値上げ交渉では追いつかない。第2に、買い手の社内稟議には一定の時間がかかるため、先手で根拠資料を渡せば買い手も余裕を持って稟議できる。第3に、楽観・基本・悲観の複数シナリオを先に提示することで「何かあった時の備え」として買い手も納得しやすい。第4に、先手で数字を共有することは、価格転嫁を超えて「パートナーとしての信頼」を作る——自社だけが得をする構造ではなく、一緒に乗り切る構造になる。
過去12ヶ月の請求書を並べ、公的指数と自社単価のタイムラグを測り、4要素の波及試算表を1枚で作る。この3つが、2026年4月危機の中で中小製造業が取りうる最も確度の高い行動だ。原料費の値上げは、確認できる数字を伴って必ず来る。来る前に動けた会社だけが、買い手の稟議を通せる値上げ交渉資料を手にできる。
よくある質問
Q. ホルムズ海峡封鎖はいつまで続きますか?
執筆時点で確認できない。野村證券・三菱UFJ銀行のレポートでは、協議継続中は原油90〜100ドル台で推移する可能性があるとされるが、長期化すれば1970年代以来の構造転換になるとの見立てもある。楽観・基本・悲観の3シナリオで備えるのが現実的だ。
Q. 電力補助金は2026年5月以降復活しますか?
未定。高市首相は国会で「必要なら追加的な対応を否定しない」と答弁しているが、確定情報ではない。補助金復活を前提にした見積書・交渉資料は、外れた時にコスト負担が自社に戻る。「補助金なし」のシナリオで計算しておく方が安全だ。
Q. 自社のエネルギー使用量が少ない場合も価格転嫁交渉は必要ですか?
必要だ。電力・燃料を直接大量に使っていなくても、仕入れる原料(樹脂・包材・塗料・ゴム・化成品等)には原油価格が一般的に3〜6ヶ月遅れで波及するとされる(近年は価格転嫁の一般化でラグが短縮する可能性もある)。日銀企業物価指数の石油石炭製品指数・化学製品指数の動きを追うと、見えにくい原料コストの値上げの波も数字で示せる。
Q. 交渉資料は1枚で足りますか?
4要素(現状単価・12ヶ月推移・金額影響の試算・3〜6ヶ月先シナリオ)を1枚にまとめれば十分だ。枚数より「買い手の調達担当者が社内稟議にそのまま使える構造」になっているかが重要になる。買い手の仕事を減らす値上げ資料が、受入確度を上げる。
この記事の著者
森岡誠 価格転嫁・価格交渉の専門家・経営アドバイザー。製造業・建設業・運送業を中心に、中小企業の価格転嫁を支援。原価管理部門および経営コンサルティングファームでの実務経験をもとに、現場で使える情報を発信している。